Tanti Anni Prima

雑食なエンジニアの本棚

【蔵書No. 18】悪夢を断ち切りたい | フロイトの精神分析

「どうしてあんな夢を見てしまうのだろうか」と悪夢から目覚める度に思う。
他人と夢に関する話をガッツリしたことは今までない。だが、恐らく人によっては夢の中で一生いきなりステーキを食べ続けていたり、ディズニーランドで待ち時間0秒ですべてのアトラクションに乗ることができたり、好きなアイドルとデートに出かけるような、楽しい夢で埋め尽くされていることもあるのだろう。しかし自分の場合は悪夢の頻度の方が圧倒的に多い。これは仕事や人間関係が上手くいっている時も、いっていない時も、である(先日は夢の中で戸締まりをしていたはずなのに破られて刺殺された)。また厄介なことに、良い夢は起きた瞬間に比較的早く忘れてしまっているのだが、悪い夢の方は意外と長く覚えている。
そんな「夢」という抽象的なものについて徐々に疑問が深まり、調べてたどり着いたのはフロイトによる精神分析の学問である。冒頭のような疑問を一度でも抱いたことがあるならば、どんなに紆余曲折あってもフロイト先生の学問を経由するのは必然なのかもしれない。

読んだ本

・タイトル:フロイトの精神分析
・著者:鈴木晶
・読みやすさ:9.5/10点

ざっくり内容

「精神分析」という学問がある。聞き慣れない分野だが、これは人間の研究をすることによって、人間のこころを理解しようとする学問のことである。
この定義を聞くと、「そもそも『こころ』はなぜ人間特有のものなのか?」という疑問があるだろう。それに対して本書は徐々に疑問を分解し掘り下げている。「まず人間と動物の違いは何か?」→「動物に比べて人間が100本能でない理由は何か?」→「人間の足りない部分を補う『こころ』の働きはどういうものか?」といった感じである。それらの疑問を突き詰めていくと、やがてテーマは我々が悩まされている「こころの病」へと変わる。人間の「こころ」や「自我」には存在の根拠がないため、こころの病という抽象的な問題を解き明かすのは容易ではない。精神分析とは、それらの病の治療法でもあり、こころのしくみと働きを解明しようとする学問でもある。そんな精神分析によって解き明かされた内容を、図解で紹介されている。これだけ聞くと、専門分野特有のかなり難解な内容を想像するだろう。しかし実際には「なぜ夢を見るのか」「自我とはなんなのか」といった、我々が一度は必ず一度は感じている疑問に、一問一答のよう答えてくれる内容である。(図解が多いのも、理解の大いな助けになるだろう)

感想云々

内容で一番腑に落ちたのは「脳が夢の書き換え作業を行っている」ということ。
下記のパワポエンジニア全開の図を見て欲しいが、人間のこころは「意識」と「無意識」という領域に大別されると考えられている(いた)。

「意識」は自分が認識できる部分、「無意識」は自分で認識できない自分の知らない部分である。脳に刻まれた自分では認めたくない考えや出来事というのは基本的に「無意識」の領域へ押し込まれ、出てこないように自我が封じ込めている。ところが、寝ている時はこのセキュリティは弱まる。「無意識」に閉じ込めていたはずのよろしくない情報達が、「意識」の領域へと浮上してきてしまうのだ。当然、それらの情報は睡眠を阻害する強烈なダメージになり得る。そこで、それらの情報はダメージが極力少なくて済むよう、情報に細工を加えてしまうのだ。自分はそのメカニズムを知って「なるほど」と感心したのだが、「細工を加えた上であの強さか...」とも同時に思ってしまった。書き換え以前の無意識界に存在する負の情報は、そのままだとどれほどダメージが大きいのか、考えただけでぞっとするのである。

自身の中でそういう書き換え作業が行われていることを認識した上で、悪夢を取り払うにはどうしたらいいのだろうか。それは他人との対話の繰り返しに他ならないと思うのだ。フロイトが行った催眠療法の中で、「自由連想法」というものがある。これはシンプルに、ただ寝椅子に横になってもらい、自由に語らせるという方法である。手術もしないし、投薬も行わない。注射もしない。唯一の治療道具は言葉である。言葉で患者が抱えていた無意識界の悩みの根源を語らせることで、無意識界から取り除いてあげるという療法である。もちろんこの療法は精神科医に頼るのが最良だろうが、別にそこまで仰々しく捉えることもなさそうである。特定の悪夢の根源を取り除くことは、自身の無意識界にある情報を自分で思い出させて、自身の口で説明させる。その共通認識があれば、友人同士だってその作業は可能だと思うのだ。
ところでこの作業はどのくらいかかるのだろうか?自分は、自身が生きた時間と同じくらいを費やす可能性があると思っている。私事で申し訳ないが、つい先日背中がバキバキになり、整骨院に通うことになった。その中で繰り返し言われていたのは、「長い時間をかけて歪んでしまった体をもとの正常な状態に戻すには、同じくらいの時間をかける必要がある。」というものだった。自分は今回のケースにも同じことが言えると考えている。ただでさえ普段認識できていない「無意識」という大きな袋の中に、これまでの人生の時間をかけて手に入れた「経験」というボールが大量に入っている。悩みの根源を取り除く作業は、その袋の中から中身を見ずにボールを1つずつ取り出すことに等しい。簡単に「悪夢を取り払う」と言ってはみたものの、解決するには相応の時間をかけることを覚悟しなければならないのだろう。(効率的な方法は存在しているのかもしれない。)

終わりに

悪夢は一種の防衛本能と認識しているが、その解決方法も一筋縄ではいかない。
その根源となる情報を取り除くのは途方もない作業ということが分かったが、メカニズムを理解できただけでも大きな成果なのかもしれない。

精神分野は不可視の抽象的な分野だからこそ、不思議であり、打ち込みがいのある学問なのだろう。


それでは。