Tanti Anni Prima

雑食なエンジニアの本棚

【蔵書No. 36】生産性爆上げメソッド | 世界一流エンジニアの思考法

 自分が社会人になって認識を改めたことが2つある。それは「その人がいなくても会社は回る」と「仲良くなるために会社に来ているわけではない」はあまり信用できない戯言だということだ。自分は現在の会社がファーストキャリアであるから他の会社を沢山見たわけではないので、もちろん異論は大いに認める。しかし自身の会社で突然の人事異動によって回らなくなったプロジェクトをいくつも見てきたし、人間関係の悪化で本来正しいはずの意見がシャットアウトされてしまっている事例も目のあたりにしてきた。しかしながらどのような業種・組織においても、生産性を上げたいという思いはほぼ共通認識になっているだろう。ところが日本の企業では生産性が中々上がらずに残業時間が只々延びてしまっているのが現状だろう。生産性が上がらない原因は、恐らく色々なものが複雑に絡み合ってできているのだろう。そのため一言で生産性を上げるといっても、その実現は容易ではない。だが、本書はその原因のひとつを解消するきっかけになってくれるかも知れない。もし日々の業務で生産性を上げたいという願望を持っている人は、ぜひ本書を読んでみるとよいだろう。今までいくつかビジネス本をかじってきたが、その中でも正直群を抜いて実りのある内容だったと思っている。ちなみに「自分はのほほんと働きたいのに、生産性を上げてしまったら新たに仕事が舞い込んできてしまうじゃないか」という戦略的怠惰な人は知見を得なくても良い。

読んだ本

・タイトル:世界一流エンジニアの思考法
・著者:牛尾剛

感想云々

 本書はマイクロソフト社で働いている著者が現地アメリカで得た仕事術について、自身の経験と絡めながら紹介している本である。そのため本書で挙げられている内容では、日米企業の働き方の違いが如実に表れている。本書を見て改めて実感したのだが、日本の企業(というか自分自身)は、アメリカの企業と真逆のことをしていたなという点がいくつかある。

 まず、脳死で試行錯誤を繰り返していたということ。よくYouTubeとかを見ていると、「考えるばっかりで行動しないやつが多い」みたいな批判をよく見かける。自分もその批判に対して間違った受け取り方をしたのか、あれこれ考える前にまずは試してみよう、というマインドになっていた。現在自分は機構設計の領域にいるのだが、実際にモノを作っては試して、少し改善して...というステップを繰り返すことが多かった。その姿勢も完全に悪いわけではないのだが、生産性という観点においては、結果的に無駄な試行錯誤が自分の首を絞めることになっていた。本書においても、著者が社内の同僚とペアプログラミングを実施した時の話が載っている。上手くいかないプログラムに対して著者が試行錯誤を繰り返していた一方で、その同僚は手を一切動かさずに頭の中で仮説を立て、仮説を実証するための必要最低限の行動のみ取っていた。結果、不具合を特定するスピードは同僚の方が何倍も早かったのだという。むやみやたらに試行錯誤するのではなく、自分の頭のメンタルモデルを使って仮説を立て証明することが重要だったのだ。本書はソフトウェアエンジニアとしての経験談だが、これはきっと機構設計においても同じことだろう。まるで自分の働き方を指摘されているようで、この内容は少々耳が痛い思いだった。

 もうひとつは、難易度の高いものに挑戦しすぎていたということだ。本書では、仕事の難易度を以下のような4段階のレベルに切り分けている。
・レベル1:何もググらずに実施できる
・レベル2:問題をどう解決するかは思いつくが、ググる必要あり
・レベル3:解法を知らないが、大まかなプログラムを試したらできそう
・レベル4:自分だけでは解決が難しいorものすごく時間がかかる
筆者の主張は、「生産性を上げるには、いかにレベル1を増やすか」というもの。これには少々衝撃を受けた。確かに難易度の高いものに挑戦すること自体は悪いことではない。だがそれにこだわり過ぎて心が折れたり、途中で挫折してしまったりすることが多いのも事実である。自分の過去と照らし合わせてみても、そのような傾向は沢山あった。難易度の高い目標を掲げては挫折し、「自分には才能がないのかも知れない」という極端な考えに至ったことだってある。そんな時自分のスキルのなさを悔やむのではなく、「今の自分では無理」と冷静に見極めることが大事だったのだ。

 ところで本書の最後の方には、「AI時代の生き方」というテーマの内容が載っている。このテーマは本書のボリュームを考えると、あまり大きな内容ではなかったかもしれない。だがこのテーマにおける筆者の主張は、大いに自分の背中を押してくれるようなものであった。少し前にChatGPTがリリースされてから、自分のキャリアは大丈夫なのかと思うようになった。ChatGPTの進化は目覚ましく、アメリカにおいてもプログラマーの大量失業のニュースを頻繁に目にするようになった。思いもよらない職業が次々とAIに喰われていくのを目のあたりにし、「いつか自分の領域も...」という心配が耐えなかったのだ。そんな自分の懸念に対し、著者の「AI時代を生き抜くには専門性を追求していけばいい」という言葉は、正直救いだった。確かに近年のAIによるサジェスチョンは正確性を増している。だがそれは、膨大なデータ量があってこその話である。それに対して企業や大学の研究機関が行っている未知の分野に関しては、当然データ量は乏しい。そのような領域に対してAIが介入するのはまだまだ難しく、確固たる専門性を有する人間が担っていくしかないのだ。AIでも難しい未知の領域への挑戦ができるよう、自分がやるべきは専門分野を深堀りしていくこと。AIの持つ威力に圧倒されつつある人にぜひ届けたいメッセージである。

終わりに

 社会貢献とか自己実現とか、日本の企業で働くことにおいて大義名分はあるものの、「今自分が幸せか?」を一番に考えているかどうかが日米企業の最大のギャップであると感じる。定時で帰る文化が少ない日本企業では実現が容易ではなさそうだが、生産性を上げることで自分の時間を増やし、良いスパイラルを生み出したいものだ。


それでは。