Tanti Anni Prima

雑食なエンジニアの本棚

【蔵書No. 9】なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない

レコードやCD、DVDが全盛期だった時代はよく「ジャケ買い」なんて言葉が使われていたが、本においてそれを実践したのは意外と本書が初めてかも知れない。

本書はそれほど魅力的に感じる素敵なタイトルだと思った。

社会が徐々に煩雑化し、コロナ禍でよりストレスが加速してしまう昨今。
「一億総うつ社会」なんて言葉は決して誇張ではなく、心に負担を抱えてしまう人は少なからずいるだろう。

そんな時、東畑氏の今までと一味違ったカウンセリングは現状を打開する助けとなるかも知れない。

 

どんな本か

著者の東畑開人氏は臨床心理士。
日々、自身が東京に構える機関でカウンセリングを行っている。

カウンセリングに来るクライエントは起業に踏み切れない青年、学校に行けなくなってしまった女子高生、パートナーと上手くいかないキャリアウーマンなど様々。

クライエント達は、みな一筋縄ではいかない心の悩みを抱えている。

本書ではそんな悩めるクライエント達に施した事例を、広い航海で行き先を示してあげるように、ストーリー形式で紹介している。

 

心理的な「補助線」の考え方

本書のテーマであるが、東畑氏が実際に行うカウンセリングは、「心の補助線」を引いてあげるというものだ。

今日、書店には様々な心理学に関するハウツー本が並んでいる。
それらは悩める人たちに方角を示してくれる、いわば「処方箋」である。

それは例えば、中耳炎になれば抗生物質を処方することで良くなるように、人によってはその処方箋で解決にたどり着く可能性もあるだろう。

しかし、残念ながら処方箋には限界がある。

他の病気やけがと違って、心の場合は合う合わないがどうしても生じてしまうからだ。

そこで考えられたのが、補助線を引くということである。

学生時代を思い返して頂きたいが、目の前に一見複雑な図形の問題が現れたら、どう対処していただろうか?

恐らく図形を簡易的に捉えるために、対角に補助線を引いてみるなりの作業を最初にしていたのではないかと思う。

そうすると、複雑な幾何の問題も三角形の組み合わせであったり、単純な図形の集合体であることに気づく。

これは心においても同じことが言える。

補助線のお陰で、複雑な心の問題を切り分けて考えられる可能性があるのだ。

「処方箋」に加え「補助線」の選択肢が増えることは、心の悩みを解決する可能性を大いに引き上げるだろう。

 

心は複数であることを認識すること

こういうと「当然だ」と言われるかも知れないのだが、補助線を引く目的は、前提として心が複数存在するからである。
(それが本書の大事なテーマでもある)

本書で紹介されている最初のシンプルな補助線の引き方は、「本能」と「理性」である。

ちなみに、作中では「馬」と「ジョッキー」として書き分けられている。

心に補助線を引くと、馬とジョッキーが現れる。
意のままにならない馬と、その馬を意のままにしたいジョッキー。
その二つが押したり、引いたりしながら、あなたの心は営まれている。


このように心は複数あるものの、世の中にある処方箋は、実は「ジョッキー」に偏った部分が多い。

「とにかく手を動かせ」「最速で改善しろ」「一瞬たりとも休むな」といった具合である。

そうすると、理性のみですべてをコントロールし、解決しなければいけないはずだ、という錯覚が起こってしまう。

本当にすべきことは、馬の声を聞いてやることであるはずなのに。

確かに現代では、すべてをコントロールできる生き方が「良い生き方」とされる風習がある。

しかし、筆者はそれを罠だと主張している。

心がジョッキーだけになってしまうと、僕らは孤独になってしまう。
だから、やっぱり、少しは馬の声も聞いた方がいい。

補助線を引いて白黒がはっきりしたところで、その良し悪しを無理に決める必要はない。

むしろ全体像をとらえた上で白も黒もどちらも必要だと再認識し、バランスをとることが大事なのだ。

 

感想云々

もし人が心の壁に当たってしまった時、早く現状を打開したくて、一発で解決できる特効薬を求めてしまうだろう。

しかし、本書で語られている補助線を引く作業は、むしろ長い時間をかけて行うものである。

そう考えると気が遠くなりそうなものであるが、補助線を引いてやることでしか分からない心の複雑さもあると再認識させられた。

それは、本書で語られているような、「馬とジョッキー」「働くことと愛すること」「シェアとナイショ」もそうだ。

切り分けた上でどちらが大切か、と考えるのではなく、どちら「も」大切であると認識する。
正義、悪をはっきりと決めてしまいがちな現代では、必要な考え方ではないだろうか。

そして、この補助線を引く作業は、恐らくひとりでは難しいだろう。

少し飛躍するが、日本の若者の死因は自殺であり、それはどうしても心の問題が絡んでしまうことが多い。

そんな時に色々な本を読んでいて、「こういう生き方・考え方を知識として持っておくだけで、打開できたかも知れないのに」と本気で思うことがある。

自分は本書を読んでも同じことを感じている。
悩める本人はもちろんのこと、周りの友人が家族が持っていて然るべき知識なのだ。

 

終わりに

本を読む時、あらすじやレビューをある程度把握してから購入する派だが、直観を信じた衝動買いも意外と悪くない...

タイトルに引き寄せられたのは、どこか潜在的にそれを求めてしまった何かがあるのかも知れない。

それはそれで読書の楽しみのひとつかな笑。


それでは。