Tanti Anni Prima

雑食なエンジニアの本棚

【蔵書No. 39】失敗に寛容な文化を | 失敗の科学

 この世は失敗に対して手厳しい。というか「厳しくなった」が正しい表現なのだろうか。何を食べたらこんな失敗に厳しい風潮が出来上がったのか定かではないが、誰でもネットを通じて情報を発信できるプラットフォームが出来上がったのが、加速の原因のひとつなのかもしれない。ただここで思うのは、失敗ってそんなに悪いことなのだろうか?世の中のこれまでを振り返ってみても、失敗はまるで穢らわしいもののように扱われてきた。学校では少しでもミスをしたら「恥ずかしい」という思いが優先し、手を挙げることができない。医者は医療ミスが起こった時に認めないケースも多々あるし、政治家は政策を徹底的に検証することもない。そんな失敗を毛嫌いしてきた我々だが、本書を読むことでそのマインドは少し好転するかもしれない。失敗は「しても良い」ではなく、むしろ進歩のために「必要」。そんな捉え方をさせてくれる内容である。

読んだ本

・タイトル:失敗の科学
・著者:マシュー・サイド

感想云々

 本書を読んで考えたことは主に2つある。いずれも「失敗に寛容な文化」に対する考え方である。

①「文化」が浸透するスピード
 本書の内容だけでなく、この手のビジネス書を手に取るといつも思うことである。組織の悪しき文化を変えるマインドセットや、業務を効率化させるためのノウハウ等、ビジネスの内容は本を読んだ個人が内密で持っておくべきものではない。最終的には、これらの考え方を集団免疫のように組織の全員が手に入れるのが理想なのだ。だが、それには時間が非常にかかるというのも事実である。そもそも組織の全員が同様に読書をする習慣がないかもしれないし、代表者が発信してもメンバー全員が残らず聞き入れている可能性は低いのだ。そんな中で知識がいつか浸透するのを待っていたら、あっという間に定年を迎えてしまうだろう。我々が求めているのは、できるだけ簡単に、かつ即効性のある手法なのだ。
 そんな中、本書で非常に有効だなと感じる内容があった。それが、効果的なコミュニケーションを取るための考え方の一環である「PACE」というものである。PACEは意見を主張するための各手順の頭文字をとったものである。ざっくりいうと、事態の緊急性に応じて発言(アプローチ)を制御するというものだ。日常生活に使えそうな場面が多そうだが、医療現場に例えるとこんな感じである(なお、看護師→医者の発言をイメージして頂きたい)。
Probe(確認・探求):「患者の呼吸管理は順調に進んでいますか?」
Alert(注意喚起):「酸素濃度が90%まで下がっています。」
Challenge(挑戦):「挿管は今回で4回目です。今すぐ支援を求めるべきです。」
Emergency(緊急事態):「蘇生チームに気管切開を頼みます。」

 上記のアプローチ順序で、いきなりEmergencyに発展する場合も無くはないかもしれない。だが、ほとんどのケースはこのフレームワークによって成立すると思うのだ。よく会社では「誰でも発言できる雰囲気、文化が大事」といった、マインドセット的な内容が話題に挙がることが多い。もちろん最終的にそうなることが理想である。だが上述のPACEのように、雰囲気や文化といった抽象的な問題ではなく、然るべき訓練を積むことで技術的に主張が可能になるのだ。これって、結構良いとっかかりではないだろうか?上記のPACEのうち、「挑戦」「緊急事態」における発言はやや気が引けるかもしれない。だが、「確認」や「注意喚起」の発言ならば自信の無い人でもいけそうだ。個人的に、明日から試してみようと思えるような良い手法だった。

②失敗に寛容な文化への取り組み
 本書によれば、失敗(の報告)は糾弾されるよりもむしろ称賛されるべき、という内容が頻繁に出てくる。これは少し極端な考え方だが、失敗の報告が称えられるべきならば、いっそのこと失敗に対して罰則ではなく報酬を与えている日本企業はないのだろうか?そう思って調べてみたら、なんと存在していた!具体的な企業名は伏せるが、「大失敗賞」でググるとよいだろう。大失敗賞というのは、文字通りその年にぶっ飛んだ失敗をした社員に対して贈られる賞のことである。その時記事にされていたのは、当時特定の社員が約5000万円の巨額損失を出したというもの。普通であれば、徹底的に糾弾されてしまうような事態だろう。だがその企業の社長は、部下を叱るどころか表彰の対象にしてしまった。赤字を出して本人とその周りの士気が下がっていたところを、見事に回復させてみせたのだ(ちなみに当時表彰された社員は、翌年以降素晴らしい成果をあげている)。この記事を目にした時、本書でいう「失敗を受け入れる文化」を体現しているような企業だと思った。ミスが発覚したり、事業が上手くいかない場合に犯人探しを始めてしまう昨今の悪しき組織文化。この大失敗賞を贈る企業のような例が増えていくことを願ってやまない。

終わりに

 本書の言う通り、我々が「分かっているつもりのこと」と「本当に分かっていること」には隔たりがあり、それが失敗の引き金となる。だが、本当に悪なのは失敗をすることではなく、その失敗から目を背けて学習しないことだ。失敗を受け入れる文化が成熟して、爆速で進歩する世の中になって欲しいものである。


それでは。