Tanti Anni Prima

雑食なエンジニアの本棚

【蔵書No. 38】乱世を生き抜くために | 苦しかったときの話をしようか

 「あなたは将来何になりたいのか?」という問いに、昔だったら容易に答えられただろう。だが大人になった今はどうだろうか?昔から信念を曲げずに「将来こうないっていたい」というイメージを描き続けている人は少ないのではないだろうか。こういう自分自身の人間像を考えようとした時に壁にぶち当たることが多いのは、日本だと特に就活生だろうと思う。そんな人達には是非森岡氏の本を読んで頂きたい。というか、むしろ自分が学生時代に本書に出会っていたかった。もしこの本を読んでいたら、今とは全く違うキャリアを歩んでいたのかも知れない。そう思わせてくれるような熱い内容である。

読んだ本

・タイトル:苦しかったときの話をしようか
・著者:森岡毅

感想云々

 自分が本書で個人的に唸った内容が2つある。ひとつはキャリアに対する考え方、もうひとつは組織における立ち位置の考え方である。

①キャリアへの考え方
 「『会社』と結婚するのではなく、『職能』と結婚せよ!」。本書では、はじめの方にこういったやや衝撃的なメッセージが登場する。なぜ著者がこんなことをいうのか、理由は2つある。ひとつは、会社がその人の意図とは無関係で、あくまでも利害関係で存在しているため。もうひとつは、スキル(職能)こそが、その人の最も持続可能な個人財産だからだ。この「会社で選ぶのではなく職能にこだわる」という考え方は、自分の強みを見つけるための一丁目一番地となる非常に有効なマインドセットだと思った。

 そんなマインドセットができた時点で次にすべきことは、自分の強みを見つけることだ。自分の強みを考える時、多くの人は当然自分の過去の経験・エピソードを探すことになるだろうと思う。その際、本書で述べられているのは「動詞に注目すること」である。「バッグが好き」とか「サッカーが好き」といった名詞に注目するのではない。サッカーを引き合いに出すならば、「サッカーの戦略を『考える』ことが好き」と言った具合である。我々は今日に至るまで、無数の動詞を繰り返している。そして同時に、それらの動詞を無意識に「好き」「嫌い」に振り分けているのだ。当たり前のことかも知れないが、その人が「好き」に振り分けたものは、その人にとって良い結果をもたらしたはずなのだ。自身の過去を辿ると、エピソードとしての情報量が多く、困惑しがちになる人が多いだろう。その時は、ただひたすら動詞に注目すると良いのだ。動詞に注目することが思考の抽象度を上げてくれることになり、より整理された考え方ができるようになると思っている。

 ところで何故、動詞に注目するといいのだろうか。それは職能を考える際、本書で挙げられている3パターンに自身を分類することが可能になるからだ。その3つとは「T(Thinking)の人」「C(Communication)の人」「L(Leadership)の人」である。自分の好きなことを動詞で書き出していくと、自ずとこの3つのうち突き抜けたものが出てくる。それが、その人の向いているタイプ(職能)となるのだ。3パターンというとかなり抽象的に思えるかも知れない。だが、その3択から自分の特性を見誤らなければ、大きく職能を外すことはないのだ。正直、自己分析をやろうと思えば半永久的にできてしまうのが現状である。深追いしてドツボにはまってしまうよりは、自分を3パターンのいずれかに分類する、くらいの落とし所がちょうどいいのかも知れない。

 本書の内容を読んだ上で自らの就活を振り返ると、はたしてどうだっただろうか。それはもう、職能ではなく会社で選んでしまっている自分がいた!当時の選び方でいうと、「できるだけ多くの人に貢献したい」とか「様々な分野に挑戦できる引き出しの多い会社に入りたい」とか、個人的にそういった軸を持って就活に挑んでいるつもりだった。だが正直、自分の中では大企業信仰や安定志向が消えていなかった(今や安定な企業など存在しないのだが...)。企業の規模が大きければ、当然社会への影響度・貢献度も高い。そして何より、開発資金も大企業の方が潤沢にある。何か開発をしようと思った時、資金繰りに悩む企業よりも、大きな資本を持っている企業の方が動きやすいと思っていたのだ。当時のその考えで、現在なにかに不自由しているとか、肩身の狭い思いをしているとかは特にない。ただ冷静に振り返ってみると、当時の自分は中々視野の狭い考え方だったなと思うのである。

②組織における立ち位置の考え方
 「人は、どういう時に『最も』苦しいと感じるのか。それは仕事で死ぬほど忙しい時でも、会社や上司の評価が厳しい時でもない。自分自身で自分の存在価値を疑う状況に追い込まれた時だ」。本書ではこんな突き刺さるフレーズが後半に登場する。今や数多のメディアに出演して、様々な課題を持ち前のマーケティング力でズバズバと切るイメージが強い森岡氏。しかし前述のように言い放った本書では、それはもう凄惨な黒歴史が書かれていた。自分が会社で味わっている苦痛がちっぽけに見える程であった。

 そんな森岡氏が逆境をはねのけるために取った手段は何か。それは結果にこだわり抜く厳しい人材になることであった。森岡氏は自身のキャリアの中で、会社はあくまで結果を出さないと誰も守ることができないという考えを根強いものにしていった。人付き合いが大の苦手であった森岡氏であるが、自身も会社も危機にさらされた時には「いい人」になっている場合ではなかった。誰に嫌われようが、鬼と呼ばれようが、恨まれようが関係ない。周囲のレベルを引き上げ、達すべきラインを踏み越えることに一切の妥協を許さなかったのである。結果、森岡氏の所属する組織は見事なまでのV字回復を見せた。

 この内容を読んで、もし森岡氏のような人を「プロ」と呼ぶなら、自分がまだプロになりきっていないと思う線引きがそこにあった。振り返ってみると、自分がいつも仕事に取り掛かる際、人との調和にかなりの優先度の高さを感じていた。仕事をする上で人とコミュニケーションを取るのは当然であり、それを円滑にするために良好な関係が必須だと思ったからだ。逆に一度でも感情的に対立してしまって、人間関係がこじれて上手くいかなくなった例をたくさん見てきた。その後たとえどんなに正しいことを言おうと、こじれた過去が枷となってその人達の潤滑を悪くしていったのだ。しかしそう思って冷静に考えると、外部の人間(というかぶっちゃけ株主)からしたら、社内の仲の良し悪しなんて超どうでもいいのだ。あくまで結果が全て。ドラッカーが自身の著書で言っているように、思うように結果が出せないと組織は結果よりもプロセスに注視し始めてしまう。いわゆる「がんばったで賞」の錯覚に陥ってしまうのだ。だが本当に会社のためを思うならば、結果にこだわる必要があるのは事実。時にはプロジェクトを推進するために、意図的に冷徹でなければいけないのだと改めて思わされた。

終わりに

 森岡氏の著書を読むと、活力が湧いてくる。自分自身はまだやれるし、日本だってまだ捨てたものじゃないと思えてくるのだ。冒頭で「就活生は読むべし」と言ったが、自分のキャリアに自信を持ちたい全ての人が読むべきだ。YouTubeで見つけたコメントだが、まるで戦国武将のような雰囲気を彷彿とさせる森岡氏。彼を筆頭にこれから変わっていく日本の未来像を想像するのが楽しくて仕方がない。


それでは。